大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山形地方裁判所 平成6年(ワ)253号 判決 1997年8月05日

原告

江村富美子

外二名

右三名訴訟代理人弁護士

溝口敬人

岡内真哉

伊藤茂昭

松田耕治

澤野正明

被告

富士ガス販売株式会社

右代表者代表取締役

今井芳洋

右訴訟代理人弁護士

水上進

菊川明

半田稔

主文

一  被告は、原告江村富美子に対し、金三三五五万六九九〇円及び内金二八九五万三七六〇円に対する平成五年七月一六日から、内金一五五万三二三〇円に対する同年一一月一日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告江村政彦及び同江村剛それぞれに対し、各金一五九一万六八八〇円及び内金一四四七万六八八八〇円に対する平成五年七月一六日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを四分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、第一、二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告らの請求

一  被告は、原告江村富美子に対し、金四五四二万八〇六六円及び内金三五三八万九七一〇円に対する平成五年七月一六日から、内金六〇三万八三五六円に対する平成五年一一月一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告江村政彦及び同江村剛それぞれに対し、各金一九六七万五八五五円及び内金一七六七万五八五五円に対する平成五年七月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、亡江村政士(以下「政士」という。)が、平成五年七月一三日、山形県米沢市所在のビル地下一階内において、下水道管設置工事準備中に発生したガス爆発事故により火傷を負い、同月一六日死亡したことについて、政士の遺族である原告らが、LPガス販売事業者である被告に対し、民法七一七条に基づく責任があるとして、損害賠償請求をした事案である。

二  争いのない事実

1  被告は、LPガス販売事業者で、山形県米沢市門東町三丁目二九九七番地七所在のモント3ビル(鉄骨造陸屋根地下一階付三階建。地下一階から二階まではレストランなどの店舗が利用していた。以下「本件ビル」という。)にLPガスを供給しているものである。

2  政士は、ガス配管設備工事等を業とする訴外有限会社サンワガス設備(以下「訴外サンワガス設備」という。)の代表取締役であったところ、訴外サンワガス設備は、平成五年六月中旬ころ、本件ビルの下水設備改修工事を請け負った。

3  政士及び訴外サンワガス設備の従業員らは、同月一三日午前九時ころ、本件ビル地下一階にある「ワインセラーぶどうの木」店舗内に入り、工事の段取りをしていたところ、午前九時一五分ころ、ガス爆発事故が発生し(以下「本件事故」という。)、政士は全身に火傷を負い、同月一六日午前一時五〇分ころ、山形県米沢市所在の米沢市立病院において、右火傷を原因とする心不全によって死亡した。

4  政士の相続人は原告ら三名であり、原告江村富美子が政士の妻、原告江村政彦が政士の長男、原告江村剛が政士の二男である。

三  争点

1  事故の原因

(一) 原告ら

本件事故の発生原因は、排水ピット内のガス配管貫通部分が腐食して開口部分が生じ、そこからLPガスが漏れ、何らかの着火源から引火して爆発を起こしたものである。

(二) 被告

本件事故の発生原因は不明であり、排水ピット内の汚水から発生したメタンガスが爆発した可能性も否定できない。

2  本件ビルのLPガス設備が民法七一七条第一項にいう土地の工作物に当たるかどうか。

(一) 原告ら

本件ビルのLPガス設備は、ガス漏れ警報機も含め、一体として民法七一七条一項にいう土地の工作物にあたる。

(二) 被告

ガス漏れ警報機は、ガス漏洩の検知という独自の目的のために建物の壁面に設置されるものであって、ガス設備のガスの供給、消費という機能のために付属させられるものではなく、ガス設備とは有機的一体の関係にない。したがって、ガス漏れ警報機は土地の工作物ではない。

3  本件ビルのLPガス設備のうち消費設備につき被告の占有があるかどうか。

(一) 原告ら

被告は、本件ビルのLPガス設備のうち、ガスボンベからガスメーター出口までの設備(以下、この設備を「供給設備」という。)はもとより、ガスメーター出口から燃焼器までの設備(以下、この設備を「消費設備」という。)についても、その保守、管理及び操作につき直接的、具体的な支配を及ぼし、あるいは及ぼし得る地位にあったのであり、一般消費者が、ガス管について自ら調査したり、危険が生じないよう適切な措置を講じることは全く不可能であり、販売事業者がその調査を行い、取るべき措置を決定し、販売事業者自ら速やかに取るべき措置を講じなければならないのであって、その点からしても、被告は、本件ビルのLPガス設備のうち消費設備を占有していたということができる。

(二) 被告

本件ビルのLPガス設備のうち、消費設備については、被告以外の業者によって設置されたものであり、被告の所有にも属さない。また、被告が消費設備の保守、管理及び作業を行うことは合意されておらず、むしろ、その維持管理は、本件ビルの所有者ないしテナント側で実施するとの合意があった。さらに、被告は、ガスボンベを取り替える度に定期的に消費設備の設置してある場所(厨房及び店舗内)に出入りしていたわけでもなく、右場所に出入りすることをあらかじめ包括的に許諾されてもいない。液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律三六条一項ただし書によれば、LPガス販売事業者が、消費設備の設置の場所に立ち入ることにつき、その所有者または占有者の承諾を得ることができないときは、調査義務はないものとされており、また、同法三六条二項によれば、LPガス販売事業者は、一般消費者等に対し消費設備を基準に適合させるよう通知する責任を持つが、通知を受けて消費設備の改善等を行うか否かは、一般消費者等の任意であるのであり、以上からして、販売事業者が一般消費者等を介して消費設備に支配を及ぼしているとは到底いえない。よって、本件消費設備について直接的、具体的な支配を及ぼしていたのは本件ビルの所有者ないしテナント側であり、被告は占有者ではない。

4  工作物の瑕疵及び因果関係の存否

(一) 原告ら

排水ピット内配管以東のガス管には、腐食による開口部分が生じ、その周辺には亀裂も存在したのであって、ガスを漏洩させないようにする性状や設備を欠いており、これは工作物の瑕疵にあたる。また、排水ピットのガス配管貫通部分は下水面の上下によりたびたび水に浸る状態となっており、腐食の恐れがある場所であるから、防食措置の施されていない管を使用してはならなかったのであり、これも工作物の瑕疵ということができる。さらに、ガス漏れ警報機が設置されていなかったことも、瑕疵にあたる。

本件事故は、右工作物の瑕疵に基づいて発生したものである。

(二) 被告

(ガス管の腐食について)

(1) 本件ガス管が設置されたと考えられる昭和五四年当時、埋設管に防食措置の施されたものを使用するように定めた法令、通達等はなく、その後も、そのような管に取り替えることを命ずる法令、通達等は出されていない。また、そもそも、本件ビルの地下ピットは、雨水等を流し出すためのものであり、大量の下水を貯めるものではない。その地下ピットをそのまま汚水槽として使用したため、本件ガス管部分がたびたび水に浸ることになったのであり、そのような状態になることは、設置時点において全く予想されていなかった。なお、白管はそれ自体防食措置の施された管である。

(2) SPG白管の腐食は、表面にさびが付着して肉厚がどんどん厚くなっていくものであり、自然に開口部分が生じてガスが漏洩するということはめったにない。仮に自然に開口部分が生じたとしても亀裂のようなものであり、ガス漏れは極めて微量であるから、一年間放置していても重大事に至ることはない。

(3) 本件においては、自然腐食により開口部が生じ、多量のガス漏洩が生じたということは考えがたい。開口部を生じた理由は、排水ピットの清掃の際、作業員がガス管をみがいてさびを落としたからだと思われる。

(ガス漏れ警報機について)

本件レストランには、ガス漏れ警報機は通常設置されており、本件当時、工事のためたまたまはずされていたものである。

もとより、前述のようにガス漏れ警報機は土地の工作物ではないから、これを設置しないことが土地の工作物の瑕疵となるわけではないし、また、本件において、ガス漏れ警報機が作動していたとしても、その場にいた人間がガスの臭いに気づかない程度であれば、ガス漏れ警報機も警報を発しなかったと考えられ、本件事故との因果関係もない。

5  免責事由の存否

(被告)

仮に本件ガス設備に瑕疵があるとしても、被告は以下のとおり損害発生防止のために必要な注意を尽くしている。

(一) ガス管の腐食によるガス漏れ対策として、微量なガス漏洩が三〇日以上続いたときに警報を発する機能を有する「マイコンメーターB」を設置し、毎月ガス漏れの有無を点検していた。また、事故発生前一年以内である平成四年八月二四日、圧力測定器具による検査を行い、ガス漏洩のないことを確認している。

(二) ガス漏れ警報機については、非常に汚れた警報機があったので、「ワインセラーぶどうの木」の経営者に交換を勧めたが断わられた。

6  原告らの損害

(一) 原告ら

(1) 原告江村富美子の積極損害

治療費 三二万六八八〇円

文書費(診断書料) 五一五〇円

入院付添費、入院雑費

三万八〇〇〇円

葬儀費用 二五五万六三二六円

墓石代 二三五万〇〇〇〇円

墓石工事代 一〇万〇〇〇〇円

仏壇・仏具代 七〇万〇〇〇〇円

(2) 逸失利益(三八七〇万三四二〇円)

政士は、死亡当時五五歳であり、少なくとも六七歳までの一二年間就労可能であった。そして、平成四年五月以降死亡時まで、訴外サンワガス設備からの役員報酬として月額五〇万円(年額六〇〇万円)の収入があったのであり、生活費控除率を三〇パーセントとみて、新ホフマン方式で算出すると、その逸失利益額は右のとおりとなる。

政士の死亡により、相続により、原告江村富美子が一九三五万一七一〇円、その余の原告らが各九六七万五八五五円の割合で取得した。

(3) 死亡慰謝料(三二〇〇万円)

政士の苦労の末訴外サンワガス設備の経営が軌道に乗ってきたときであったのに、政士の死亡のため同社を解散せざるを得なかったこと、政士は経済的にも精神的にも一家の支柱であったこと、政士の死亡に至るまでの苦痛は大きく、原告らにとってもその苦しみは筆舌に尽くせないものであったこと、以上の状況のもと、遺族の精神的苦痛は甚大であり、政士の死亡による慰謝料は、原告江村富美子が一六〇〇万円、その余の原告らが各八〇〇万円が相当である。

(4) 弁護士費用(八〇〇万円)

原告江村富美子が四〇〇万円、その余の原告らが各二〇〇万円。

(二) 被告

原告らの主張は全て争う。

7  過失相殺

(一) 被告

本件ガス管部分からのガス漏れは、本件事故前日のピット内のグリストラップの取壊しまたは清掃作業中に生じたものであり、これらの作業は、サンワガス設備の下水道工事の一環として政士の指揮監督のもので行われていた。そして、政士は、グリストラップの取壊し及び排水ピット内の清掃にあたっては、排水ピット内の配管を確認し、その配管が何であるか、これを傷つけることはないかを十分に検討すべきであり、また、傷つける可能性があれば、工事期間中ガスや電気の供給を中止し、工事後に配管に異状がないかを検査すべきであった。政士は、これが可能であったにもかかわらず、これをせず作業したため、その作業の過程において本件ガス管部分のさびが落とされ、開口部分が生じ、さらに、右作業後、排水ピット内の配管の点検を怠ったため、ガス漏れが生じ、本件事故が発生したものである。

(二) 原告ら

排水ピット清掃中にガス配管に物理的な力が加えられたことはなく、また、さび落としが行われた事実もない。清掃作業は洗浄機により圧力をかけた水の勢いでピット内の汚れを清掃したようであるが、仮に、この程度の作業で開口部が生ずるほどガス配管の腐食が進んだ状態であったとすれば、それは、清掃作業の方法に問題があったのではなく、このような状態にガス配管を放置したこと自体に問題がある。また、清掃作業は「ワインセラーぶどうの木」のマスターからの依頼で訴外文化清掃が行ったもので、政士の行為とは無関係である。

第三  争点に対する判断

一  本件事故の原因について

1  証拠(甲七の1・2、八、乙二の1ないし7)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 本件ビル一階南東側の外壁付近に容量五〇キログラムのボンベ六本が設置され、ガス管は、ここから調整機を経て各階に配管され、本件ビルの地下一階では、戸別元栓及び戸別ガスメーターを経て、レストラン「ワインセラーぶどうの木」店内床下に埋設された状態で北方向に向い、同店北側に位置する厨房中央付近で東西に分岐し、その一方は同店北東角側の床下に設けられた下水槽(以下この下水槽を「排水ピット」という。なお、同店南側にも排水ピットが設置されているが、以下すべて同店北東角側のものを指す。)内部を通って北東角で立ち上がり、コンクリートの壁の中を貫通し、厨房北東角に配管されていた。

(二) 排水ピット内のガス管部分は、腐食が著しく、さびが浮き出ている状態であった上、約4.8平方ミリメートルの開口部が存在し、その周辺に亀裂も生じていた。

(三) 被告において「ワインセラーぶどうの木」のガスメーターを検針した結果は次のとおりであった。

検針日 メーター指針(立方メートル)使用量(立方メートル)

平成五年一月一三日 1179.9

95.2

二月一二日 1244.5

64.6

三月一六日 1322.3

77.8

四月一二日 1379.2

56.9

五月一二日 1439.9

60.7

六月一一日 1493.1

53.2

七月一二日 1543.7

50.6

そして、事故発生時である平成五年七月一三日午前九時一五分ころのメーターの指針は1559.3立方メートルであり、同月一二日との差は15.6立方メートルであったもので、通常の消費量を大幅に上回るLPガスの消耗が認められた。

(四) 火災発生現場である「ワインセラーぶどうの木」の店舗内のほぼ中央部付近には、白熱電球が天井から吊り下げられていたところ、事故直後においてこれが通電状態になっており、そのソケットの受金が加熱変色していた。

2  しかして、山形県警察本部刑事部鑑識課科学捜査研究所技術吏員吉田光太郎作成にかかる鑑定書(甲八)は、本件事故は、「ワインセラーぶどうの木」の店舗内で発生したLPガスの爆発事故であり、同店舗内北側の厨房東側に設置された地下(床下)排水ピット内を通っているLPガス配管に対する認識が不足していたこと、LPガスの漏洩検査が徹底していなかったこと、照明器具の取扱いに適切さが欠如していたことなどに起因するものと推定され、同地下排水ピット内を通っているLPガス配管の腐食開口部分から漏洩し、同地下排水ピット及び厨房内に滞留していたLPガスが、ホール略中央付近の天井部分に吊り下げられた照明器具(ペンダントライト)内部で発生した放電火花で着火し、爆発した可能性があると推定している。

3 以上認定の事実によれば、本件事故の原因については、右「ワインセラーぶどうの木」店舗内北側の厨房東側に設置された地下(床下)排水ピット内を通っているLPガス配管の腐食開口部分から、LPガスが漏洩し、徐々に同地下排水ピット及び厨房内に滞留していたところ、ホール略中央付近の天井部分に吊り下げられた白熱電球が点灯された際、同電球内部で発生した放電火花により右地下排水ピット及び厨房内に滞留していたLPガスに着火し、爆発するに至ったものと認めるのが相当である。

4  ところで、山形県生活福祉部消防防災課消防司令渡辺文貞作成にかかる火災原因判定書(甲一〇)には出火原因が不明であるとの記載部分が存在する。しかし、右判定書は、火災発生現場には白熱電球が吊り下げられており、これが通電状態になっていたことが明らかであったにもかかわらず、このことを考慮することなく火災の発生源が不明であるとしていること、LPガスの漏洩を認めていながら漏洩量について不明であるという理由で出火原因が不明であると結論づけていることからすると、本件事故の出火原因が不明であるとの結論はこれを採用することはできない。

また、火災原因調査報告書(甲九)にも、右とほぼ同様の記載があるが、採用の限りでない。

5  なお、証拠(甲一〇、証人井上和浩)によれば、本件事故直前、本件現場においてメタンガスが存在して、これに引火した可能性を必ずしも否定できないが、メタンガスにより本件爆発が発生したと認めるに足りる証拠はなく、また、前記認定のLPガスによる爆発の事実を否定するものではない。

二  本件ビルのLPガス設備が民法七一七条一項にいう土地の工作物に当たるかどうか。

1 前記一1(一)認定の事実及びガスボンベから消費設備までが一体としてガス供給の機能を果たすものであることからすると、本件においてガスの漏洩が認められたガス配管部分を含むLPガス設備が一体として土地の工作物にあたるものと認めるのが相当である。

2 被告は、ガス漏れ警報機について、ガス漏洩の検知という独自の目的のために建物の壁面に設置されるものであって、ガス設備のガスの供給、消費という機能のために付属させられるものではなく、ガス設備とは有機的一体の関係になく、したがって、ガス漏れ警報機は土地の工作物ではない旨主張するが、LPガス設備が一体として土地の工作物にあたると解すべきことからすると、被告の右主張は採用することができない。

三  本件ビルのLPガス設備のうち消費設備につき被告の占有があるかどうか。

1  証拠(乙一、証人卯野実)によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 被告は、昭和五七年から、LPガス販売事業者として、本件ビルにLPガスを継続的に供給し、本件ビルの所有者ないしテナントとの間で、LPガスの継続的供給契約を締結していた。

(二) 被告と「ワインセラーぶどうの木」との間において、LPガスの販売に関し、消費者の管理責任として、「貴方の敷地内にあるメーター出口までの設備の管理(除雪を行う等)、及びメーター出口から燃焼器までの設備(中略)の維持管理は、貴方の責任となります。」とされている一方、販売店の行う点検調査として、「(1)メーター出口までの設備、容器、調整器等の外観検査……供給開始時及び容器交換の都度。漏えい試験、調整器性能検査……供給開始時及び2年に1回以上。配管の気密試験……配管の新設又は変更の工事後。(2)メーター出口から燃焼器までの設備、配管、閉止弁の外観検査、漏えい試験、燃焼器の入口圧測定及び適合性、排気措置の確認等……供給開始時及び2年に1回以上。配管の気密試験……配管の新設又は変更の工事後。(3)ガス漏れ警報機、安全機構付末端閉止弁等の設置義務施設(建築物)……供給開始時及び2年に1回以上。(4)地下室等の設備……供給開始時及び1年に1回以上(以下略)」との合意がなされている。

(三) 被告は、ガスボンベを取り替える度に定期的に消費設備の設置してある「ワインセラーぶどうの木」の厨房及び店舗内に出入りしていたわけではなかったが、右合意に基づき必要に応じて同所に出入りし、ガス漏れの有無の点検をしていた。

2 ところで、本件ビルのLPガス設備のうち、メーター出口から燃焼器までの消費設備については、その維持管理につき消費者である本件ビルの所有者ないしテナントの側に占有があるということができるか否かはともかくとして、消費設備につき販売店である被告において、その保守、管理を行うことが合意され、必要に応じて被告の従業員が該当場所に出入りして点検等を行っていたことは前記認定のとおりである。さらに、消費設備の保守、管理については、事柄の性質上、専門業者である被告にこれを依存せざるを得ないことは当然のことであることをも考慮すると、被告は消費設備に対し直接の支配を及ぼし、これを占有していたというべきである。

3 被告は、販売事業者が一般消費者等を介してLPガスの消費設備に支配を及ぼしているとはいうことはできず、本件消費設備について直接的、具体的な支配を及ぼしていたのは本件ビルの所有者ないしテナント側であり、被告は占有者ではない旨主張する。

たしかに、前記認定のとおり、消費設備の維持管理責任は消費者の側にあるとの合意の存在が窺われるけれども、本件において、本件ビルの所有者やテナントにガス配管の点検、補修を求めるのは極めて困難であると考えられ、前述の合意は、消費者においてその内容を吟味し、不満があれば交渉して変更させるというような性質のものではないことからすると、右合意をもって被告による消費施設の占有を否定することは妥当ではない。

四  工作物の瑕疵及び因果関係の有無について

1  前記一1(二)のとおり、排水ピット内のガス配管部分は、腐食が著しく、さびが浮き出ている状態であった上、約4.8平方ミリメートルの開口部が存在し、その周辺に亀裂も生じていたことから判断すると、ガス配管が通常有すべき性状を欠いていたというべきであり、したがって、本件ガス設備には保存の瑕疵があったというべきである。そして、前記一認定判断のとおり、本件事故は右瑕疵が原因となって発生したものというべきである。

2  被告は、ガス配管に開口部を生じた理由につき、排水ピットの清掃の際、作業員がガス配管をみがいてさびを落としたためである旨主張する。

しかしながら、ガス配管は、通常考えられる程度の外力には耐えられる程度の機能は有すべきものであって、これらの作業により極めて異常な外力が加えられたのでない限り、その程度のことによって開口部が生じるようでは、ガス配管が通常有すべき性状を備えていたとはいえないというべきである。

そして、これらの作業により極めて異常な外力が加えられたと認めるに足りる証拠はない。

五  免責事由の存否について

被告は、仮に本件ガス設備に瑕疵があるとしても、被告は損害発生防止のために必要な注意を尽くしていた旨主張する。

しかし、工作物責任においては、被告が損害の発生を現実に防止するに足る措置を講じたときはじめて免責を認めるべきと解するところ、本件において、その措置とは、ガス配管を補修し、あるいは交換するなどして、開口部分を生じない状態にすることであるというべきであり、被告が通商産業省立地公害局保安課長発各都道府県液化石油ガス保安担当部長宛平成元年八月二五日付元保安第五二号の通達(甲一三参照)による埋設管の保安管理状況及び地下ピットの有無についての調査を実施していれば、排水ピット内のガス配管の腐食の発見は被告にとって十分可能であったと考えられることからすると、被告に免責を認めることはできない。

六  以上によれば、被告は、民法七一七条に基づき、本件事故によって原告らに生じた後記損害を賠償すべき義務を負うというべきである。

七  損害額について

1  治療費等 三三万二〇三〇円

前記争いのない事実及び証拠(甲一六、一七)によると、政士は本件事故によって全身火傷の傷害を負って平成五年七月一三日から同月一六日までの間山形県米沢市所在の米沢中央病院に入院したこと、政士は右傷害の治療のため治療費として三二万六八八〇円を、診断書料として五一五〇円をそれぞれ要したこと、原告江村富美子は同年九月二一日までの間に政士に代わって右治療費等を右病院に支払ったことを認めることができる。

2  入院付添費、入院雑費 二万一二〇〇円

政士が本件事故による傷害の治療のため平成五年七月一三日から同月一六日までの四日間右米沢市立病院に入院したことは前述のとおりであり、弁論の全趣旨によれば、政士の病状は右期間中付添を要する状態であったことを認めることができる。しかして、入院付添費は一日四〇〇〇円、入院雑費は一日一三〇〇円とするのが相当であり、弁論の全趣旨によれば、原告江村富美子が同年一〇月末日までの間に政士に代わってこれを支払ったことを認めることができる。

3  葬儀費用等 一二〇万円

証拠(甲一八の1ないし3、一九、二〇の1・2、二一、三五)によると、原告江村富美子は喪主として政士の葬儀を行い、相当額の葬儀関係費用を支出したことを認めることができ、本件事故と相当因果関係にある損害として被告に賠償を求めうる葬儀関係費用は、墓石代等を含めて一二〇万円とするのが相当である。

4  逸失利益 三一九〇万七五二〇円

証拠(甲二二の1ないし8、二三の1ないし6、二四ないし二六、三五)及び弁論の全趣旨によると、政士は昭和一三年三月二五日生まれの健康な男子であったこと、政士は本件事故当時訴外サンワガス設備の代表取締役として年間六〇〇万円の所得を得ていたこと、政士は本件事故当時一家の支柱として妻である原告江村富美子を扶養していたことを認めることができる。右によれば、政士の就労可能年数は死亡時から一二年とし、生活費控除を四〇パーセントとするのが相当であり、年五分の割合による中間利息の控除をライプニッツ式計算法で行うと、政士の逸失利益の現価は三一九〇万七五二〇円となる。

(計算式)600万円×0.6×8.8632=3190万7520円

しかして、政士の死亡により、原告江村富美子は一五九五万三七六〇円、同江村政彦及び同江村剛は各七九七万六八八〇円をそれぞれ相続したこととなる。

5  死亡慰謝料 二六〇〇万円

証拠(甲三五)及び弁論の全趣旨によると、原告らが政士の死亡により多大の精神的苦痛を受けたことは容易に認められるところであり、これを慰謝する金額としては、本件の諸般の事情を考慮して、原告江村富美子については一三〇〇万円、同江村政彦及び同江村剛については各六五〇万円とするのが相当である。

八  過失相殺について

1  被告は、本件事故の原因となったガス漏れが政士の指揮監督による工事に基因する旨主張し、証拠(甲七の1、証人井上和浩)によると、本件ビルの排水ピット内の清掃は、「文化清掃」という清掃業者が行ったことを認めることができる。しかしながら、「文化清掃」と政士とが、身分上ないし生活関係上一体とみられる関係であると認めるに足る証拠はない。したがって、文化清掃において、過失があったかどうかを検討するまでもなく、この点について過失相殺を認めることができない。

2  証拠(証人井上和浩)によると、本件事故の前日である平成五年七月一二日、訴外サンワガス設備から現場に赴いたのは訴外井上和浩だけであり、政士はグリストラップの取り壊し作業に立ち会っていないこと、右井上は訴外サンワガス設備の常務取締役であり、その業務として作業をしていたこと、また、政士が訴外サンワガス設備の代表取締役であることを認めることができ、これらの事実に徴すると、右井上について過失があったと認定できる場合、この点について過失相殺を考慮する余地がないではない。

そこで、右井上の所為につきその過失の有無について検討するに、証拠(証人井上和浩)によると、右井上は、グリストラップ取り壊しの際、配管を確認した上でこれに傷を付けないように配慮したことを認めることができる一方、グリストラップの取り壊しによってガス管が傷ついたと認めるに足る証拠はない。したがって、右井上の所為に過失があったと認定することはできない。

3  なお、本件ビルの下水道工事に先立ち、政士において、配管等の事前調査を行い、排水ピット内のガス管の状態を把握していたならば、何らかの措置を取れたはずであるし、また取るべきであったのではないかとも考えられるが、政士が排水ピット内の配管の状態を把握していたと認めるに足る証拠はない(井上証言によると、工事の見積もりの際、排水ピット内を見て、配管があることはわかったが、何の管かわからなかったということである。なお、このとき、政士が居合わせたかどうかは証拠上明かではない。)上、配管等の事前調査を行うべきであったと認めるに足る証拠もない。

4  以上によれば、被告の過失相殺の主張は理由がない。

九  弁護士費用について

弁論の全趣旨によれば、原告らは、被告が任意に右損害の支払いをしないので、その賠償請求をするため、原告ら代理人に対し、本件訴訟の提起及びその追行を委任したことを認めることができ、本件事案の内容、訴訟の経過及び請求認容額に照らせば、弁護士費用として被告に損害賠償を求めうる額は原告江村富美子につき三〇五万円、同江村政彦及び同江村剛につき各一四四万円とするのが相当であると認める。

一〇  結論

以上のとおり、被告に対する本訴請求は、原告江村富美子において損害金及び立替金として三三五五万六九九〇円及び内二八九五万三七六〇円に対する本件事故の日の後である平成五年七月一六日から、内一五五万三二三〇円に対する立替払及び本件事故の日の後である同年一一月一日から各支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、原告江村政彦及び同江村剛において損害金として各一五九一万六八八〇円及び内一四四七万六八八〇円に対する本件事故の日の後である平成五年七月一六日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。

(裁判長裁判官山野井勇作 裁判官宍戸充 裁判官白川純子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例